Sparkle and Spin

松下幸之助氏が京都駅からある料亭へ打ち合わせに向かっているときのこと。

隣に乗っている、最近松下電器にはいったばかりの秘書にこう言った。

「あのな、ここらへんは実はわしの土地なんや」

さすが大企業の社長、と秘書が驚いていると幸之助氏はさらに続ける。

「今からゆく料亭も、実はわしのもんなんや」

はあ、料亭も!と秘書が驚いていると突然幸之助が笑い出した。

「面白いやろ、君!そう考えたらなんか気が大きくならんか?」

これは冗談だったわけだが、幸之助氏は続けて秘書にこう諭す。

もしここらへんの土地が自分のものだったら、前を走る車も邪魔には思わないだろう。

自分の料亭の酒や料理は大事にしよう、と思うだろう。

自分の土地だからタバコを捨てたりしないだろう。

そして突き詰めて考えると「みんなのものは自分のもの、自分のものはみんなのもの」という哲学にいきつく。

私心一色になりがちな企業経営もそう考えると会社は社会のもの、という考え方ができるのだ。

秘書はこの一件で彼の経営哲学を聞いたのだった。

幸之助氏の指導にはこうした「こう考えるといいですよ、こう考えると楽ですよ」というものが多かったという。

idea*idea - 【東京ブック】 自分のものだと思ってみる (via kouma) (via biccchi) (via proto-jp) (via kml)

藤原ヒロシは、自分はもう音楽でお金を稼ぐつもりはなく、純粋に音楽を楽しめればいい。昔は楽しんで音楽をやっていた人たちはそれによってそんなに儲かっていたわけではない。音楽はこれからそういうところに還っていくのではないか――というようなことを話している。

小西康陽はさらに具体的で――、あと何年かでCDはなくなり、メジャーのレコード会社もなくなる。上手い人の演奏を録音したソフトをありがたく聴くという娯楽のかたちは20世紀のものだと言っている。

曽我部恵一は、もうアルバム作品だけではすべては伝わらない。いまロックが影響力を持とうとすれば、活動の形態やライフスタイルまですべて含めた表現として取り組まないとだめだ――という意味のことを話している。初めて目にするような意見ではないけれども、この人たちが、しかも同じ特集内で同時に口にすると、ずいぶんリアリティがある。

Spoo! inc. 株式会社スプー ~ 音楽ソフトの終焉を語るディスクガイド(?) (via kswgpico) (via yuco) (via hexe) (via domblr) (via voqn) (via tsupo) (via gkojax) (via gkojaxlabo)
うちの会社のインド君(仮)とアメリカ君(仮)の会話その三
大阪出張から帰ったアメリカ君その三
ア「♪Rock War of Rock City. Sad Sword♪」
イ「何だそれ?」
ア「トミオカさんに教えてもらった大阪の国歌『六甲下ろし』ッスよ!」
イ「へー。仕事しろ」
捕捉1:アメリカ君は日本語が不慣れな頃に適当な英単語の羅列でそれっぽく
歌う歌唱法を編みだしたソラミミシンガーであり、一つの芸として部内では
おなじみである。
捕捉2:一行目で歌っていた歌詞はおそらく「六甲下ろしに颯爽と」これが
アメリカ君フィルタを通すと「ロックの街のロック戦争、悲しい剣」になる。
捕捉3:トミオカさん=キングパンサー
インド君とアメリカ君 続・妄想的日常 (via gkojax)